• 〈わたしたちはどこに「座る」か〉
     普段何気なく、無意識に、何も考えなくとも行動に移す動作のなかに 「座る」という動作がある。
     机の端に座ってみたり、ビールケースをひっくり返して座ってみたり、河原にある石の上に座ってみた経験がないだろうか。しかも、それは近くにイスがある場合もしばしば見受けられる。人はなぜイスではないところに座るのか。なぜ、「そこ」に誘われ、導かれるのか。
     その座るところには、「何かがある」のではないか。もしかしたら、「何かがない」のかもしれない。

  •  身の回りには、机やビールケースのように意味付けされて生まれてきたものがある。机は物が書きやすく、作業がしやすいように、ビールケースであれば瓶が割れずに一定数を持ち運びしやすいように、といった使用目的が明確にある。しかしながら、実は「意味の余白」があり、そこに「座られる」を私たちが感じ取っているのではないかと考えるようになった。
     余白とは、とあるものがあり、それ以外の何もなく残っている部分のことを指す。余白には自由に使える裁量が残されているのである。
     「space」には、余白と空間という意味がある。「或る空間」にある、「或る意味の余白」ということで、イスではないが、「座る」をにおわせている場所を「(a)space(読み:スペース)」と呼び、どういうところが「(a)space」になるのかを掘り下げた。

  • 〈企画・制作内容〉
    以下の2点を作成する。
    1.「研究ブック」:理論的に「(a)space」を掘り下げて理解できるように文章化する。初めて読む人にも読みやすい文章、見た目の構成で本にまとめる。
    2.「写真集」:実際にイスでないところに座った写真で「(a)space」をヴィジュアル的に分かりやすく表現する。この
    本を単体で見たときでも成立するような写真集にする。「研究ブック」、「写真集」は分冊になっているが、2 つで1 つの関係の本なので、それが見た目で分かるようなデザインにする。
    以上を対として、二冊で一組であることを分かりやすくするためブックケースに収める。

  • 1.「研究ブック」
     研究ブックは大きく分けて6つのコンテンツで構成した。順を追って読むと「(a)space」を理論的に理解できるような流れになっている。
    「イスの研究…最初に、座るモノの代表格「イス」を調べる。
    「座位姿勢の研究…座ること自体に焦点を当てる。
    「心の動きの研究」…なぜ座るという行動に出るのかを心理の側面から見る。
    「座ることを見出すデザイン(コンセプチュアルデザイン)」…これらの研究をもとにして、人間の手によって「座る」をデザインすることの可能性について言及。
    「つまり座るとは」…以上のことから、「座る」ということがどういうことかをまとめる。
    「座るの発見(フィールドワーク)」…実際にフィールドワークをして「座る」を見つける。

  • 1.「研究ブック」
    ・採集したデータの見方の解説ページ①

  • 1.「研究ブック」
    ・採集したデータの見方の解説ページ②

  • 1.「研究ブック」
    ・採集したデータ①
    【補足】擁壁自体の高さは4.5mあり、自分の好きな位置を自由に選んで座ることができる。コンクリートブロックが凹んでいる部分に臀部がちょうど収まり、傾斜があってもずり落ちることなく座位が安定する。コンクリートの摩擦もあるので踏ん張らないとずり落ちてしまうようなことはない。長座位でも半座位でもそれは変わらない。足底部を引っ掛けて支点にするのにも凹みの角が活用できる。お散歩などで訪れる人が一定数いるが、歩行者の視線の位置より高いので、視線が交差することはほとんどない。周囲は、眼前に大きな川が流れており、ごおおおお、ごおおおおという流れる音が聞こえる。水量によって音、音量が変わる。

  • 1.「研究ブック」
    ・採集したデータ②
    【補足】円弧の部分に臀部を支えにして、膝を伸展させることで、足を突っ張り棒のようにして姿勢を安定させる。周囲は竹林で人通りは少ない。竹林なので風が通るとさわさわと葉の音が風がある時には薄く断続的に聞こえる。土管なので比較的音が入ってくるところも限られているので、さわさわの音もダイレクトに聞こえるのではなく、近くなのに遠くで聞こえる感覚。比較的静かな空間。土管なので出入り口が開いているが、目の前はすぐコンクリートで適度な閉塞感がある。秘密基地感がある。

  • 1.「研究ブック」
    ・採集したデータ③
    【補足】 もみ殻はただ積み上がって山になっているだけなので、力がかかると形がすぐに変形する。歩いて上がろうとすると、足が自重で埋まってなかなか上がれないので這うようにして移動する。座位姿勢を取ろうとすると、体の一部に力が入り、そこに圧力がかかり沈んでいき、ある程度のところで止まる。その体の形が自分の意図した姿勢ではないが、長時間座るのが難しい姿勢ではない。もみ殻の動きに慣れると、座位姿勢がある程度思い通りにできるようになる。あまり動きすぎるともみ殻が服や靴の隙間から入る。もみ摺り機の大きな「ぶおー」という音が常時ある。四方が波板で囲われているので視線は完全にシャットアウトされている。

  • 2.「写真集」
    (a)space」をヴィジュアル的に分かりやすく表現するためのツールとして写真集を作成した。
     見開き1ページでの左ページには「誰も座っていない(a)space」の写真、右ページには左ぺージと同じ場所を同じ撮影画角で「座っている(a)space」の写真を配置して「この場所に『座る』がある」ということを感じ取ってもらえるような構成にした。
     首を振らなくても、見開き1ぺ―ジ全体が見えやすく、かつ横位置の写真が配置しやすいA5(ヨコ)サイズで作成。
    ・写真集の一部(1)

  • 2.「写真集」
    ・写真集の一部(2)

  • 2.「写真集」
    ・写真集の一部(3)

  • 2.「写真集」
    ・写真集の一部(4)

  • 「研究ブック」、「写真集」が2分冊になっているため、2冊1組の作品と分かりやすくするためにブックケースに収める。

  • 〈「(a)space」はどこにあるか…〉
     フィールドワークにより、色々なイスでないところに座ってきた。
     まず、座る場所を目で見るなどの「感覚」で確認する。そして、座れそうであると「知覚」する。快適に座れそうであると 「認知」して実際に座るという行動に移る。これを前提とすると、「座られそうである」と知覚する前の「感覚」であるところの、視覚・聴覚が大きく関わっているのではないかと推測する。また、直接臀部を接地する部分では、最低限座骨が乗る程度広さと、地面等と地続きではないという光と影などの「境界」が必要であると考える。

  • 〈おわりに〉
     昨今、利便性やコストが追及され、無駄なものが省かれ合理化が進むことが喜ばれている傾向にあると感じる。機能的で無駄のないシンプルなものには美しさがあるが、どんどんと意味が限られていき、窮屈さも同時に覚える。その窮屈さの中にも意味の余白「(a)space」がどこかにあり、それらは点在して窮屈さに風穴を開ける。点はいずれ線となり、面となる。
     私は、みなさんとこの「(a)space」を共有したいと思い、この卒業制作に取り組んだ。少しでも興味を持ってもらえたら嬉しく思う。
     今後も「空間の余白」=「(a)space 或る余白」 を探し続けていきたい。

(a)space 或る余白
北村 綾子