京都造形芸術大学の象徴である大階段をモチーフとして学園歌「59段の架け橋」の世界観を表現したフォトスポット
本作は卒業制作展来場者がこの空間の主人公になることによって完成する。
卒業制作展という学びの集大成となる場において、京都造形芸術大学とここで関わったすべての人々への感謝として、
笑顔と想い出づくりの触媒となる「おもてなし」の空間を創出する。
空間演出デザインとは「おもてなしのデザイン」であり、この作品にもここに挙げた5つの「おもてなし」が込められている。
実空間を演出できる「卒業制作展=卒業制作」を発想の原点として、本学で学んだ「遊び心」を3D Trick Art によって表現した。
3D Trick Artとは、錯視に代表される「知覚心理学」を応用したトリックを用いることによって、壁や床に描かれた混沌とした3次元的世界が、限定された視野角と距離による視点から認知した場合においてのみ秩序ある視覚像として成立し、不思議な立体感を感じるアートである。
人間は『眼』で見た網膜像(2次元情報)から、知識や経験による既成概念を持った『脳』で奥行きを推定し空間を再構築している。
つまり人間が認識する3次元空間とは高度な脳機能の働きによる「主観的な視覚世界」であると言える。「見る」ことによって認知された3次元の対象物は、2次元化していく過程で情報を断片化し消失することで限定的な視覚像に置き換えられた情報にすぎず、奥行きをはじめとした実態としての形や量を持っているわけではない。要するに「見る」とは擬似的3次元である「絵画的2次元」を脳内に創り出すことでもある。このように断片化された2次元情報は実物の持つ情報量のいくつかが欠落しており、それ故に実物とはかけ離れた虚像を知覚させる場合がある。
3D Trick Artへの応用
3D Trick Art作品をスマートフォンカメラで撮影
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脳による主観的な要素を取り除いた「絵画的2次元」へと差戻す
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「知覚心理学」によるサプライズがおきる
人間は様々な手がかりによって網膜に写った2次元情報を3次元として認識しているが、それらはここに挙げた8つの絵画の技法になぞらえることができる。その中でも3D Trick Artの擬似的3次元世界において欠落しがちな情報を補完するのに有効なのが、人間の持つ固定観念や心理的な作用に強く影響される「色彩遠近法」・「陰影法」・「重畳遠近法」であり、この擬似的3次元の正体が「絵画的2次元」であるゆえのパラドックスを引き起こすのが透視図法を逆転させた「減速的透視図法」である。
色は人間の心理に大きな影響を与える。これは脳内で色情報が単独で処理されるわけではなく、脳内に蓄積された様々な関連情報や心理的影響と照合されるためであり、「色感情効果」とも呼ばれる。温度感・膨張収縮感、重量感、硬柔感、興奮感などに影響しており、このような色彩学は心理学とともに発展してきた。3D Trich Artにおいて活用できるのは「色彩遠近法」とも呼ばれる「前進色・後退色」の「色感情効果」である。これには光の波長の長さが関連しており、長波長の赤系は進出し、短波長の青系は後退して見える。屈折率の大きい青系は眼の水晶体に近い側で結像し、屈折率の小さい赤系は水晶体から遠い側で結像するからである。
人間はこの図のように「影(shadow)」で物体の空間における位置関係を認識し、「陰(shade)」で物体の立体感を認識する。しかしながら陰影からの3次元情報の知覚はあいまいな性質を持つものである。なぜなら陰影は光源から照らされる領域の明るさの空間的な変化であり、その情報は常に光源の位置と観察方向に依存するからである。これを逆説的に捉えると、物体の位置と物体に対する観察方法が固定されているとすれば、3次元認識は光源の位置の推定に依存して変化するということになる。ここで重要なのは、我々の生活においての代表的な光源とは上方にある太陽や室内照明であるため、脳は網膜上に映った2次元情報からの3次元認識の際に「光源は上方にあるに違いない」という仮説をたてるということである。
学園歌「59段の架け橋」の歌詞に登場するワードのいくつかと学習ガイドのビジュアルを用いて、京都造形芸術大学への感謝と卒業の喜びを表現している。
色彩遠近法:背景には青系、アイテムには赤系という基本配色で立体表現を強調した。
陰 影 法:アイテムの全てにアクセントのある陰影を描き加え、さらに「錯視:マッハの本」を応用して学習ガイドの厚み部分では実際とは異なる前後関係の知覚を実現した。(4頁参照)
代表的な遠近法である幾何学遠近法(透視図法)は 「加速的透視図法」とも呼ばれ画面上の図形が奥行方向へ遠ざかっていくようにみえる擬似的3次元空間を表現する技法である。たとえば地平面上にある正方形を一点透視で描くと画面上には台形となってあらわれる。この現象からはその逆のパターンが考えられるはずである。すなわち視点を適切に定めて地平面上に先の方が広くなるように台形をおき、これを一点透視で描くと画面上に正方形となってあらわれる。これが「減速的透視図法」であり、画面上に求めた正方形を正常な形としたとき、 もとの台形はその歪曲された形となる。つまり加速的透視図法は平面上に「擬似的3次元空間」を見せるものであり、減速的透視図法は空間を使って「擬似的3次元空間」を復元するものである。
今回設定したスマートフォンカメラ(iPHONE X)の画角
焦点距離 4mm(35mm版換算:28mm相当)
画 角 75°(縦使いの場合 垂直:63°水平50°)
アスペクト比 4:3
この作品は通信教育に関わり深く、3D Trick Artとも親和性の高いスマートフォンとの連携を前提にしている。次項よりiPHONE X内臓カメラの画角と、今回制作したフォトブースのサイズに合わせた減速的透視図法の作画法を紹介する。
減速的透視図法の解析
STEP 01
断面図で垂直画角63度に収まるように画角の中心となる任意の点Cを設定しCからレンズまでの距離(4010.1mm)を測る。
STEP 02
平面図で点Cから4010.1mm離れた位置から水平画角50度内に収まるか確認する。
STEP 03
スマートフォンカメラの傾き22度とFLとの交点を平面図での仮想の視点に設定する。
(画角に収まる天地左右の点が決まる)
STEP 04
仮想の視点から均等な任意の分割点(今回は875mm)へ放射状の線を描く。
STEP 05
放射線状の角度を保ったまま、断面図へ移しスマートフォンカメラと垂直となるように22度傾け、斜め下へ伸びる放射線を描く。
STEP 06
放射線と FLの交点を平面図へ描き写す。(平面図完成)
STEP 07
壁面を√2倍引き伸ばし、複製反転させる。
STEP 08
壁面最深部とスマートフォンカメラの傾き22度との交点Aを求める。
STEP 09
点Bから平面グリッドへ放射線を描く。→完成
原画のアナモルフォーズ化
STEP 01
減速的透視図法によって描いたテンプレートに3面(壁1、壁2、床)の重なり部分を描き加える。
STEP 02
原画をグリッド化し、重なりを含めた壁1・壁2・床の3面に分割する。
STEP 03
3面の重なりを描き加えたテンプレートにあわせ分割した原画をアナモルフォーズする。
《Photoshop:編集→変形→自由な形に》
STEP 04
壁・床の輪郭線でマスクをかける。
STEP 05
被写体モデルの足元を隠すために「学習ガイド」の厚みを計算し、床面と共に再度アナモルフォーズする。→完成
遠近法による技法が確立されたルネサンス期を経て「隠し絵」や「騙し絵」とも呼ばれるアナモルフォーズ作品はいくつか発表されてきたが、それらは基本的に単面(平面)によるものであった。対して「3D Trick Art 59段の架け橋」は床と壁2面の計3面を使用する。このような多面によるアナモルフォーズ作品は本作の他にも存在するが、その作画法はどの文献にも公開されていない。しかしながら今回の取り組みにおいてCADを用いてグリッドの展開図を歪曲させていくという方法によってその作画法を解明することに成功した。このWeb卒業制作展において、おそらく前例の無い「多面によるアナモルフォーズの作画法」を一般公開することは極めて価値あることであろう。
3D Trick Artは空間が持つ魅力を改めて感じさせてくれるものである。一般的に空間とはXYZの3軸構造を持つが、我々はそれをXYの2軸構造に置き換えて空間を認知せざるをえない。我々が何の疑いもなく認知している(と思っている)空間は本当はどんな姿なのであろうか。人間は五感のひとつである視覚から情報の80パーセントを得ると言われているが、このような3D Trick Artの世界を知ることによって「見る」という原点的で日常的な行為が、実は非常にあいまいで奥深いものだということを考え直すきっかけとなれば幸いである。